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東京高等裁判所 昭和24年(わ)482号 判決

上告人 東京地方裁判所検事 正堀忠嗣

被告人 藤城正

検察官 渡辺要関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を免訴する。

理由

堀検事正の上告趣意は末尾添付の上告趣意書と題する書面、被告人弁護人の答弁は弁護人矢生倫司、同下山四郎名義の答弁書各記載の通りでこれに対し当裁判所は次の通り判断する。

第三点について。

前記改正前の物価統制令第十条第二項は所論のような内容の規定で販売行為が営利の目的でなくても又業務に属しないときでも不当高価販売の罪が成立するのである。

故に仮りに本件売渡行為が被告人に営利の目的がなく且つ被告人の業務に属しなかつたとしても本件販売価格が不当に高価な価格であるかどうかを判断すべきである。

そこで原判決が証拠により確定した事実によれば被告人は法定の除外事由がないのに、昭和二十一年六月十日頃東京都港区芝新橋一丁目二番地大和商会事務所において土屋繁に対し菜種油一号品ドラム罐六本合計四石九斗を昭和二十一年三月三十一日大蔵省告示第百八十一号指定販売者価格の統制額より合計約六万九千三百八十四円を超過する代金合計金七万三千五百円で売渡したものである。即ち本件販売は公定価格より六万九千余円を超過する価格でなされたのである。これは法律にいわゆる不当に高価な額であると解すべきである。

不当高価であるかどうかは公定価格あるものについては公定価格を基準とすべきで実際の利得額を基準とすべきでない。

故に被告人の行為は改正前の前記物価統制令第十一条第二項第三十六条に該当する。しかるに原判決が無罪の言渡をしたのは適用する法律を適用しなかつた違法がある。しかし旧刑事訴訟法第四百三十四条第二項により職権で刑の廃止あつたかどうかを検討すると物価統制令はその後前述のように昭和二十二年四月十五日改正せられ不当高価販売も営利の目的なく又は業務に属しないときは罰しないことにしたのである。

これは経済事情の変動に伴い改正されたのでなく立法者の法律見解に変更を来たしたからだと解するのが相当である。

蓋し改正前の法律によるといわゆる筍生活者の不当高価販売も処罰せられることになるので立法者はこれは行き過ぎであると考え直して改正したものである。故に物価庁告示の変更のように経済事情の変動に伴い刻々に改正される場合と異なり改正前の物価統制令第十一条第二項は限時法的性質を有するものでない。

従つて本件販売は前述のように営利の目的なく且つ被告人の業務に属しない以上本件販売は物価統制令の前記改正による処罰もなくなつたのであるから刑法第六条により改正法を適用し刑の廃止あつたものとして免訴の言渡をなすべきものである。

しかるに原判決が無罪の言渡をしたのは違法である。

論旨は結局理由があつて原判決は破棄を免かれない。

叙上の理由により旧刑事訴訟法第四百四十七条第四百四十八条第四百五十五条第三百七十三条第二号により原判決を破棄し被告人を免訴すべきものとする。

仍つて主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

上告趣意書

第三点又更に一歩を譲りて本件販売行為には営利の目的もなく而も業務に属する行為とも認められずとの結論に達せるならば検事が起訴せる如く本件販売行為が不当に高価に販売せられたるものにあらずや否やを判断しなければならぬだろう。

物価統制令は昭和二十一年三月三日公布せられ昭和二十二年四月十五日の第一次改正までは第十一条第二項に「何人ト雖モ不当ニ高価ナル価格等ヲ得ベキ契約ヲ為シ又ハ不当ニ高価ナル価格等ヲ受領スルコトヲ得ズ」と規定せられ第十条には「第三条ノ規定ハ契約ノ当事者ニシテ営利ヲ目的トシテ当該契約ヲ為スニ非ザルモノハ之ヲ適用セズ但シ当該契約ヲ為スコトガ自己ノ業務ニ属スル者ニ付テハ此ノ限ニ在ラズ」と規定せられている。従つて改正前は不当高価販売違反の場合には構成要件として「営利の目的」も「業務行為」たる事も必要でなかつたのである。

而して不当に高価なりや否やは正常なる取引価格即ち其の物資に〈公〉が存する場合には〈公〉を基準とすべく若し〈公〉が存せざる場合は其の物資と類似せる〈公〉のある物資の〈公〉を基準とすべきものなれば本件販売行為が〈公〉より遥かに高き価格にて為されている故この不当高価禁止の規定に違反せること明瞭と謂わねばならぬ。然らば原審が本件につき無罪の言渡を為したるは法律の適用を誤りたるものというべく本件は少なくとも此の改正前の物価統制令第十一条第二項を適用すべき案件であると思料する。原審がこの点を遺脱したるは実に法令の適用を誤りたるものと言うべく原判決は破棄を免れざるものである。(他の論旨は省略する。)

答弁書

第三点に対して。

昭和二十二年四月第一次改正前の物価統制令第十一条第二項の所謂不当高価罪は営利目的又は業務行為ということを問題にしないことは洵に所論の如くであるが、所論本件菜種油の販売を以て不当高価となす部分は、公判請求書に記載の一個の価格違反罪の公訴事実の一部をなすものに過ぎない。而して起訴された一罪の一部について審理をした以上は一部について審理をしなかつたとするも所論の如く判断を遺脱した不法ありとなし難いのみならず、原審に於て此の点を審理したことは公判調書に徴して之を看取し得るところであるから、原審は此の部分について別段罪となるべき事実の存在を認めず、従つて単に之を犯罪事実として判示しなかつたに過ぎず、之を以て原審が此の部分について所論の如く判断を遺脱したものと謂い得ないし又原判決には所論の如く法令の適用を誤つた点を発見し得ない。所論は畢竟、所謂応急措置法を以て制限した事実の誤認を云為し之を前提として論議をなすものであつて上告適法の理由となすに由がない。論旨は総べて採用の限りでない。(他は省略する。)

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